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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)568号 判決 1982年10月20日

原告 有限会社 マイハウス

右代表者代表取締役 藤巻助五郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木喜三郎

同 島田達夫

右訴訟復代理人弁護士 和田冨太郎

被告 影山弘

右訴訟代理人弁護士 矢花公平

右訴訟復代理人弁護士 堀敏明

主文

被告は原告に対し別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ、金七万二五〇〇円及び昭和五五年七月一〇日から右明渡ずみまで一か月金八万二五〇〇円の割合による金員を支払え。

原告の主位的請求中その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第一項中金銭支払を命ずる部分は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

(主位的請求)被告は原告に対し別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明渡し、かつ、金七万二五〇〇円及び昭和五五年七月一日から右明渡ずみまで一か月金八万二五〇〇円の割合による金員を支払え。

(予備的請求)被告は原告に対し、原告から金七〇万円の支払を受けるのと引換に本件建物を明渡し、かつ、金七万二五〇〇円及び昭和五五年七月一日から右明渡ずみまで一か月金八万二五〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被告

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求の原因

1(一)  原告は、昭和四九年四月一日ころ、被告に対し、本件建物を次の約定により賃貸した。

(1) 賃料月額六万七五〇〇円、管理費月額四七〇〇円。被告は、毎月末日までにその翌月分の賃料を原告またはその指定する者の住所に持参して支払う。

(2) 敷金の有無にかかわらず、被告が賃料を一か月以上滞納したときは、原告はこの契約を解除することができる。

(3) 賃貸借期間は昭和四九年四月一日から同五一年三月三一日までの二年間とする。

(4) 右期間満了後契約を更新する場合には、被告は、更新料として新賃料の一か月分を原告に支払う。

(二) 右期間の満了にあたり、原告と被告とは、昭和五一年四月七日、要旨次のような更新契約をした。

(1) 賃料を月額七万二五〇〇円、管理費を同五〇〇〇円にそれぞれ改訂する。

(2) 新賃貸借期間は昭和五一年四月一日から同五三年三月三一日までの二年間とする。

(3) その他は前記(一)の各項に同じ。

2(一)(1) 原告は、昭和五三年二月ころ以降、不動産業の訴外東海商事こと寺田六郎(以下「寺田」という。)に、同年四月一日以降の被告との契約更新の交渉・合意、更新料の請求・受領等の一切を委任していた。

(2) 原告及び寺田は、前記1(二)の賃貸借期限の迫った昭和五三年三月ころ以降再三、被告に対し、更新するか否かの照会をし、かつ、更新する場合には、約定の更新料の支払、賃料の改訂等契約条件の変更についての協議及び契約書の作成による更新手続等をするように求めたが、被告は、右照会に対する回答をせず、右協議等に応じようとしなかった。

(3) さらに、寺田は、昭和五五年三月中旬以降、被告に対し、重ねて更新の有無の回答と更新についての協議を求め、昭和五三年度の更新料七万二五〇〇円、同五五年度の更新料八万二五〇〇円(他の室の賃借人と同額)の各支払を催告し、かつ、同年四月一日以降の賃料を月額八万二五〇〇円に増額する請求をしてその承認を求めたが、依然、被告は、これらの一切に応じなかった。

(4) また、被告は、その間、翌月分を前払すべき約定の賃料の支払を遅滞して、昭和五五年一月分を同月二八日に、同年二月分を同年三月一四日に、同年三月分及び四月分を一括して同年五月九日に、同年五月分及び六月分を一括して同年六月一三日にそれぞれ支払ったが、その遅滞日数は最も長いものでは七〇日に及んだ。

(二) 被告の右のような更新料支払の不履行、更新についての協議に応じないこと、賃料の遅滞は、原告に対する背信行為というべきであるから、原告は、被告に対し、これを理由に本件賃貸借契約を解除する意思表示をし、これが昭和五五年七月九日に到達した。

3  右解除の効果が生じなかったとしても、

(一)(1) 右のとおり被告に背信行為があった。

(2) 本件建物を含む一棟の建物は原告代表者藤巻助五郎の所有で、同人は、妻を失い、子らとともに右建物内に居住しているが、同人の次男雅司が、近く結婚して新世帯を持つについて、他に適当な住居がなく、本件建物を使用する必要がある。

(3) 被告は、夫婦、子供二人と母の五人家族で本件建物に居住しているが、現在の住宅事情の緩和により、空室の多い付近の類似マンションを賃借して移転することはきわめて容易であり、被告にとって本件建物に居住しなければならない特段の理由はない。

(4) さらに、原告は、正当事由の補強として七〇万円を被告に提供する。

(二) 原告は、右の事情により本件建物の賃貸借を解約する正当の事由を有し、前記2(二)の解除の意思表示は、本件建物の明渡を求めることにより解約の申入れをする趣旨を含むので、これが到達した昭和五五年七月九日から六か月を経過した昭和五六年一月九日の経過をもって解約の効果を生じた。

4  前記2(一)(3)のとおり、原告の代理人寺田は、昭和五五年三月末日までに、被告に対し、同年四月一日以降の賃料を月額八万二五〇〇円に増額するよう請求をした。本件の賃料は、昭和五一年四月一日から月額七万二五〇〇円に改訂されて以来四年を経過し、その間、同一棟内の他の建物の賃借人らとの間では、その承諾を得て、右と同一割合で賃料を増額しているので、右請求額は適正賃料額である。

5  よって、原告は、被告に対し、

(一) 主位的請求として、前記2(二)による賃貸借契約解除に基づき本件建物の明渡、昭和五三年四月の更新時に支払を受くべき更新料として当時の賃料月額と同額の七万二五〇〇円の支払、昭和五五年七月一日から同月九日までの月額八万二五〇〇円の割合による賃料及び同月一〇日から右明渡ずみまで右と同額の賃料相当損害金の各支払を請求し、

(二) 予備的請求として、前記3(二)の賃貸借の解約に基づき七〇万円の支払と引換による右建物の明渡、右同様の更新料、右と同額による昭和五五年七月一日から同五六年一月九日までの賃料及びその翌日から右明渡ずみまでの賃料相当損害金の各支払を求める。

二  被告の答弁

1  請求原因1のうち、(一)(3)の約定は否認し、その余の事実は認める。

2(一)  同2(一)の(1)ないし(3)のうち、被告が更新料の支払をしなかったことは認め、その余の事実は否認する。昭和五五年五月三〇日に初めて、被告の留守中に寺田が来訪し、被告の妻に、更新について話し合いたい旨を述べたことがあるにすぎない。

本件賃貸借は、昭和五三年三月三一日の経過によって法定更新されたものであり、更新料支払義務はない。

(二) 同2(一)(4)の各賃料の支払をした日は認める。本件の各賃料は後記のとおり取立払とされ、被告は、右の各日に集金に来た東京相互銀行幡ヶ谷支店の担当行員に右支払をしたものである。

(三) 同2(二)の解除の意思表示の到達の事実は認める。

3(一)(1) 同3(一)(2)のうち、原告代表者が妻を失ったことは認め、その余の事実は知らない。

(2) 同3(一)(3)のうち、被告が原告主張のような家族構成で本件建物に居住していることは認め、その余は争う。

(二) 同3(二)は争う。

4  同4の事実は否認する。

三  被告の抗弁

1  本件の賃料は、当初は持参払の定めであったが、昭和五三年四月分以降、東京相互銀行幡ヶ谷支店の担当行員の集金による取立払に変更されていた。

2  昭和五五年六月一三日、右銀行の行員が、同年五、六月分の賃料の集金に被告方に来た際、「七月分からは受け取らないように原告から言われているので、来月から集金に来ない。」と述べた。そこで、被告の妻は、同年七月二日に、同月分の賃料七万二五〇〇円を原告の管理人方に持参したが受領を拒絶されたので、被告は、同月九日、右賃料を弁済のため供託した。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1について、賃料が東京相互銀行幡ヶ谷支店の原告の口座に入金して支払われることになっていたため、被告が、毎月、同銀行の外務員に直接賃料を交付して支払をしていたことは認める。

2  同2のうち、賃料の提供及び受領拒絶の事実は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1(一)の賃貸借契約の締結に関する事実のうち、同(3)の約定を除く、その余の事実、同1(二)の更新契約締結の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右約定は、《証拠省略》によって、これを認めることができる。

二  請求原因2(二)の契約解除の意思表示がなされた事実は、当事者間に争いがない。そこで、同2(一)主張の解除原因の有無について判断する。

1  《証拠省略》に右一の事実を総合すれば、本件賃貸借において、当初から、原告としては、二年ごとに更新料の支払を受け、賃料の改訂等をして賃貸借を更新する予定であったこと、昭和五一年四月七日に更新契約がなされた際には、被告は、異議なく、当初の約定に従い、更新後の賃料の一か月分相当額の七万二五〇〇円の更新料の支払をしたこと、原告から更新に関する交渉・合意、更新料の請求・受領等の委任を受けていた不動産取引業者の寺田は、昭和五三年三月三一日の賃貸借期間満了に先立ち、同年三月中、被告に対し、再三電話であるいは被告方を訪問して、被告の妻を通じて更新のことで話合いをしたい旨を申し入れたが、被告自身とは同年四月ころ一度玄関先で顔を合わせたのみで、具体的な話合いをする機会を得ないままに時日を経過し、結局、原告は、同年度は更新の協議をすることをあきらめ、更新契約のないままで賃貸を継続することとしたこと、次いで、昭和五五年三、四月中に、寺田は、再三被告方に電話をし、また三回くらい被告方を訪れ、最後は被告に直接会って、二回分(昭和五三年の分を含め)の更新料として賃料二か月分相当額の支払と賃料を月額五〇〇〇円増額することを求める旨を告げ、これに対し被告からガス、水道施設の補修を求められたので、原告代表者宅に集まって協議をすることとしてその日時を決め、被告に来訪を約束させたが、被告は、約束の日に同所に赴かず、再度約束した日にも同様であったので、三回目は寺田が被告方へ赴くことにして日時を定めたが、その時は、寺田が所定の時刻に一〇分くらい遅れた間に、被告が外出してしまい、結局協議がなされず、更新料の支払もなかったこと、なお、本件建物を含む一棟の建物内の他の賃借人らと原告との間にも、本件と同旨の期間の定め、更新及び更新料支払の約定があり、いずれも二年ごとに合意で更新がなされ、更新料が支払われていて、何ら紛争は発生していないこと、以上の事実が認められる。被告本人は、昭和五三年には更新の協議を求められたことはなく、同五五年にも、三、四月には協議の申入れはなく、五月三〇日に至って初めてその申入れを受けた旨供述するが、本件契約の内容、昭和五一年における更新の状況、他の賃借人らとの関係などからみて、原告が被告との契約の更新及び更新料の支払について無関心で長期間放置していたとはとうてい考えられず、右供述部分、その他以上の認定に反する被告本人の供述は、前掲各証拠に対比して信用するに足りないものであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  被告は、原告に対し、賃貸借期間満了時に、契約が更新される場合には、新賃料一か月分相当額の更新料を支払うべき義務を負うものであるところ、前記認定によれば、昭和五三年三月末日の期間満了時には更新の合意が成立せず、契約は法定更新されたものと解すべきであるが、法定更新の場合にも更新料支払義務があるか否かは一応問題となるところである。しかし、本件の更新料は、当初の賃貸借契約においてすでにその支払が約定され、金額についても更新後の賃料額の一か月分として少なくともその決定基準があらかじめ定められており、《証拠省略》各契約書の文言上も「期間満了時に更新する場合」「期間満了後更新する場合」として、右支払に関して更新の事由を限定していないこと、本件賃貸借は、期間を二年と定め二年ごとの更新を予定するとともに、更新のたびに新賃料一か月分と同額の更新料を支払うものと定めているところからみて、更新料は、実質的には、更新後の二年間の賃料の一部の前払たる性質のものと推定しうること、このように、更新料が使用の対価たる実質のものである以上、賃借人が賃借を継続するかぎり、更新の原因がいずれであるかを問わずこれを支払うべきものとしても、賃借人に不利益であるとはいえず、むしろ、本件のように、賃借人が更新の協議に応じない間に期間が満了して法定更新された場合には更新料の支払を免れるとすれば、かえって公平を害するおそれがあることなどを総合して考えると、本件賃貸借においては、法定更新の場合にも、被告は更新料の支払義務を免れないと解するのが相当である。

3  そうすると、被告は、昭和五三年三月末日に賃貸借の期間が満了し、翌四月一日から更新されたことにより、更新後(更新前と同額)の賃料一か月分と同額の七万二五〇〇円の支払義務を負うに至ったものであり、本件更新料の右のような賃料の一部たる実質に徴すると、右義務は賃借人としての重要な債務であるというべきであるから、(二年後の昭和五五年にさらに更新料支払義務が生じたかどうかは措くとしても)被告が右更新料を催告にかかわらず支払わないことは、解除原因とするに足る債務不履行であると解される。これに加えて、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基調とするものであることに鑑みると、被告は、昭和五三年三月末日の期間満了時に原告から更新についての協議の申入れを受けたときには、これに応じて誠実に協議をなすべきであり、また、法定更新後は賃貸借が期間の定めのないものとなったとはいえ、昭和五五年三、四月当時には、前回の更新契約時から四年を経過していたのであるから、少なくとも賃料改訂の協議には応ずることが期待されたものというべく、被告が右両年の協議に応ぜず、むしろこれを故意に回避するものとみられてもやむをえない態度に出たことは、信頼関係を損うものというべきである。そうすると、請求原因2(一)(4)の賃料の遅滞についての責任の有無(それは取立払の約定との関係で問題であるが)は別としても、被告には賃貸借当事者間の信頼関係を破壊すると認めるに足る債務不履行があったものと認めるのが相当である。

したがって、前記賃貸借契約の解除は有効である。

三1  次に主位的請求中の賃料請求について判断するに、被告が昭和五五年七月分の賃料七万二五〇〇円を弁済供託した事実は、原告の明らかに争わないところであり、《証拠省略》によっても、原告が同月分の賃料の受領を拒絶する明確な意思を有していたことが明らかであるから、供託前の提供の事実を問うまでもなく、右供託は有効である。なお、原告は賃料増額請求をした旨主張するが、前記認定の寺田が昭和五五年三、四月にした月額五〇〇〇円の増額についての申出は、賃料額の改訂を含む協議を求める趣旨の申出とみるべきであって、確定的に賃料増額の請求をする意思表示とは解しがたく、他に増額請求がなされた事実を認めるに足る証拠はない。したがって、昭和五五年七月一日から契約解除の日の同月九日までの賃料は右供託により弁済されたものである。

2  損害金請求についてみるに、《証拠省略》によれば、原告は、本件建物を含む一棟の建物内の他の賃借人との間では二年ごとに月額五〇〇〇円の賃料の増額をしていて、本件建物についても昭和五三年四月及び同五五年四月の各更新時に同様の増額をしたい希望であったものであり、同年七月当時、これを他に賃貸する場合には、被告との間の従前の賃料から一万円を増額した月額八万二五〇〇円の賃料を収受しえたはずであることが認められ、したがって、被告が賃貸借終了後本件建物を明渡さないことにより、原告は右と同額の損害を被っているものと認めるべきである。

四  以上の次第で、原告の本訴主位的請求中、本件建物明渡並びに更新料一回分七万二五〇〇円及び契約解除の日の翌日の昭和五五年七月一〇日から右明渡ずみまで一か月八万二五〇〇円の割合による賃料相当損害金の各支払を求める部分は、理由があるから、認容し、同年七月一日から同月九日までの賃料の請求は、失当であるから、これを棄却し(なお、この部分は、予備的請求に基づいても認容しえないことが明らかである。)、民訴法八九条、九二条但書、一九六条を適用し、なお、建物明渡を命ずる部分については仮執行の宣言を付するのは相当でないものと認めて、その部分の申立を却下することとし、よって主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏)

<以下省略>

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